「伊予の水引」
現代の暮らしを彩る、新しい水引のカタチ。
日本人なら誰もが目にしたことがあるけれど、その名称まではわからない。かつて伊予の国とも呼ばれた愛媛県で、古来から生産されている“水引“は、そんな隠れた逸品の一つだ。水引とは、祝儀袋や贈答品の包みにかける結び紐などに代表される紙紐のこと。中でも四国中央市の水引は、県の伝統的特産品にも指定されており、国内有数の水引産地として日本の贈り物文化を長年にわたり支え続けてきた。そして今、培ってきた技術を飛躍させ、伝統の枠組みを超えた革新的な挑戦を始めている。
伝統工芸士の技術とアーティストの感性が融合。
2020年2月、東京南青山・SPIRALとKITTE丸の内でポップアップショップを開催し、女性客を中心に好評を博した伊予水引のオリジナルブランド「MIMUS(ミムス)」。その商品群は、伝統的に色とりどりの水引で作られてきた結納飾りをあえて白一色で制作した「白無垢(しろむく)」やデッドストックの水引を使用してアクサセリーなどに仕上げた「蘇品(そしな)」など、これまでの伝統工芸が持つイメージを覆す現代性とオリジナリティに溢れている。「MIMUSは、女性伝統工芸士が結成した美結会(みむすかい)と、松山市出身のアーティスト・月岡彩さんとのコラボレーションによって誕生しました」と教えてくれたのは、その活動をサポートする伊予水引金封協同組合の理事長・石川達也さん。20年以上のキャリアを積んだ職人だけがようやく資格を取得できあるという伝統工芸士の高度な技術が、新進気鋭のアーティストが持つ感性と融合し、現代の生活様式に心地よく溶け込む新しい水引を創造している。
四国中央市内にある水引関連企業の約9割が加盟する、伊予水引金封協同組合の理事長・石川達也さん。水引と同様に“包む““飾る“仕事であるパッケージ会社に20年ほど勤務。その経験で培った幅広い視点と柔軟な発想で、水引文化の発信や新たな市場開拓に尽力している。
伝統工芸士9名を含む女性の水引職人で結成された美結会。地元の学校や企業などに水引文化を広める啓発活動にも積極的に取組んでいる。普段は異なる職場で働く伝統工芸士が一堂に会して技術を高め合う貴重な場でもある。
豊富な水源と木材資源に恵まれた四国中央市は、全国一の紙生産量を誇る。祝儀袋の発祥地とも言われ、現在でも多くの企業が水引から金封まで一貫製造を行なっている。
どんな大作も、設計図なしの手作業で編み上げる一点物。
水引製品は、すべて1本92センチの紙紐である水引を“結び““編み““巻く“ことで作られる。時には何百本何千本もの水引が使用される大型サイズの作品もあるが、その場合でも機械は一切使用せず、職人の手作業だけで作られていく。「常に指を動かしながら、400色あると言われる水引の中から色を選び、編み方を工夫していきます」と語るのは伝統工芸士・星川弘子さん。水引づくりは、設計図やマニュアルのないまさに匠の世界。たとえ同じモチーフの伝統的な製品でも、職人一人ひとりのこだわりや個性が反映された一点物に仕上がるという。星川さんは、40年以上のキャリアを持つが、今でも先輩工芸士の元で定期的に学び、さらなる技術の向上に努めている。
星川弘子さんの職場は、夫である星川往夫(つみお)さんが社長を務める星川豊光商店。昭和33年に紙販売会社として創業以来、時代のニーズに合わせて様々な水引製品を開発している。
星川豊光商店が企画制作した、愛媛県のゆるキャラ「みきゃん」と「ダークみきゃん」をモチーフにした水引製品。他にも、同店に勤務する二人の伝統工芸士が、ハロウィンなどの季節商品や現代のリビングにマッチする壁飾りなどユニークな製品を送り出している。
図工の授業で使うようなわずかな道具でどんな作品も作れてしまうのは、まさに伝統工芸士が持つ技術の賜物。
想いを美しく表現できる水引に、若い世代や新たな市場が注目。
伊予水引金封協同組合が主催する「水引結び検定」に、日本全国から多くの参加者が集まるなど、にわかにブームが到来している水引。地元の小・中学生が「水引ガールズ」を結成しオリジナル商品を開発したり、外国人観光客が水引のついたお土産を選んだりと、日本人の細やかな心遣いを表現できる魅力が、新たな世代や市場から注目を集めている。さらに、新型コロナウイルスの感染者への差別を解消するために愛媛県内の有志が立ち上げた「シトラスリボンプロジェクト」に、伊予水引金封協同組合を中心とした多くの水引作家たちが賛同。そのロゴマークを水引で作りSNSで発信するなど、人と人とを結ぶ愛媛発の新しい日本文化が世界へ未来へと躍進している。
水引の基本は、お祝い事にも仏事にも使えるあわじ結び。結婚などの一回きりのお祝いには結び切り、入学式には花結びなど、シチュエーションに合わせた結び方で想いを込めることができる。
紙素材である水引は軽量のため、ピアスなどのアクセサリーにもぴったり。正月用の洋菓子や宝石箱といった洋風な商品飾りのワンポイントにも。
石川達也さん
星川弘子さん