「魚離れ」の救世主。愛媛の特産品が生んだ「みかん魚」から、日本の養殖魚を世界へ。
愛媛県の西南部、南予地域に位置する宇和海。その沿岸部は変化に富んだリアス式海岸で、全国有数の養殖産地として知られています。内陸部は温州みかんなど柑橘の栽培もさかんです。ここ宇和海では、愛媛特産のみかんとブリや鯛などを組み合わせた「みかん魚」が生産されています。
みかん魚とは「みかん加工時に発生する搾りかす(残渣)を入れた餌で育てた魚」のことで、「みかん鯛」や「みかんブリ」が有名です。血合いの変色(褐変・かっぺん)を抑制し、魚独特の生臭さが軽減されることもあり、魚を苦手としていた人も食べやすいと好評です。
今回、このみかん鯛を生産・販売している「宇和島プロジェクト」と「中田水産」を訪ね、詳しいお話を伺いました。
養殖魚の価値を高める。ITの力で水産業界の未来を切り拓く
宇和島プロジェクトは、水産加工・プロデュースを行う会社です。現在国内の従業員数は54名、地域商社を目指すべく、さまざまなことにチャレンジをしている宇和島の水産加工業者です。今回は、経営管理部次長の才木さんにお話を伺いました。
農林水産分野の課題解決をきっかけに「みかん魚」の開発は始まりました。愛媛県では、みかんジュース生産の時に出るしぼりカスの大量廃棄が以前から問題になっていて、有効活用の方法を模索していました。調べたら、みかんの皮にはポリフェノールが含まれていて、水産の課題であった魚の褐変防止に活用できるということで、愛媛県農林水産研究所の方で研究が進められていました。
その中で、2週間ほど魚にみかんの皮を与えると、褐変を抑えられることが分かったそうです。ところが効果はそれだけでなく、魚にみかんの味や香りがつくという予想外の事態が起こりました。
当時、みかんの味がついた魚が消費者に受け入れられるのか調査して欲しいと、愛媛県農林水産研究所から相談をいただきました。早速、1つのいけすに15匹ほど魚を入れてテストをしました。その後、お客さんや従業員に食べてもらいましたが、9割近くからは「こんな変わったものは売れないのでは」といわれました。ただ、残り1割の女性や子どもからは、魚特有の臭みがなく食べやすいという声があがったんです。
才木さん自身も、魚らしい香りは魚の魅力だと感じているので、「臭みがなくて食べやすい」という意見は新鮮だったそうです。
さまざまな事業者に「おもしろい魚があるよ」と紹介していると、大手回転寿司さんが興味を持ってくださって。すぐに7,000匹の出荷注文をいただきました。それまでは試験段階として15匹ほどの少量を育てていましたが、実際のいけすで養殖するとなると、残餌率(ざんじりつ)やどのくらいで魚に香りがつくのかなど、不確定な要素がたくさんありました。うまく作れたら確実に売れるけれど、リスクもある。そんな中、真っ先に「うちでやりましょう」と手を上げてくれたのが、中田水産でした。
愛媛県の県魚の鯛と愛媛特産のみかんをコラボレーションさせた「みかん鯛」。2013年4月より販売開始し、以後当社のロングセラー商品に。お腹など脂の多い部分にみかんの風味が蓄積する。
「みかん鯛」の盛り合わせ。見た目こそ大きな違いはないが、食べてみるとその違いを体感できる。噛む度にみかんの爽やかな香りが鼻に抜け、魚特有の臭みが口の中に残らない。
「みかん魚」が魚を好きになってもらうキッカケになればいい
養殖だと生餌をあげるため生臭さが気になりますが、「みかん魚」の場合は、みかんの皮に含まれるリモネンが防臭の効果を果たし、魚特有の匂いをマスキングします。養殖の普及活動の一環で、小学校の「社会科見学」の受け入れもしています。小さい頃においしい魚を食べる機会がなければ、もちろんその次の世代も食べなくなります。子供に食べてもらうことで、国内の魚の消費を上げていけると信じています。
漁業全体にただよう課題「後継者不足」。宇和島プロジェクトではまず若者に養殖という仕事を知ってもらうために、積極的にPR活動をしているそうです。
若者は、まず養殖業や漁業の仕事を知らないと思います。漁業は「3K」といわれますが、僕らのように現場ではなくお客さんの要望を聞き、餌の改良、他社の工場との提携などを行うプロデュースの仕事もあります。養殖の仕事を知ってもらうため、ブログなどで情報発信しています。
天然魚に比べ、養殖魚には「安全ではない」「人工的」というイメージが先行します。このイメージを払拭したいと才木さんは語ります。才木さんに養殖魚、水産業が秘める可能性について伺いました。
国内では天然魚に比べると養殖魚はあまり高く評価されていませんが、ヨーロッパでは逆で養殖魚の方が価値が高いです。その理由は「持続可能な生産ができること」と「安全性」です。養殖魚は、人の手で管理されており、何を食べているのか、どういった環境で育てられているのかなど、履歴を把握することができます。
また、今の水産業界はITによりオートメーション化が進んでいて、興味深い局面に来ていると思います。稚魚も給餌もそのうち全て人工管理できるようになって、養殖の環境を人の手でカバーすれば工業製品のように高い品質を保ちつつ、安定した生産・供給ができると信じています。知恵と技術次第でまだまだ発展させることができる業界だと私は思っています。
リスクをおそれずに”変革”する。みかんと魚で笑顔を作る
試験段階からどこよりも早く「みかん魚」の養殖に挑んだ中田水産。いちご鯛、チョコぶりなど、次なる新しい魚の開発にチャレンジしています。ワイルドな風貌と優しい笑顔のギャップが魅力的な中田水産社長の中田さんから、経営者としての判断やチャレンジについて、詳しくお伺いしました。
宇和島プロジェクトが行なっていた「みかん魚」のサンプリングをはじめて食べたときの衝撃は忘れられないですね。「柑橘の風味が口いっぱいに広がる! こんな魚、食べたことない!」と。
これまでにない餌を与えることへのリスクから、躊躇する事業者も多い中、中田さんは「みかん魚」の開発に名乗りをあげたそうです。
餌にみかんを混ぜて魚にどのような影響が出るかなんて読めないですよね。魚が死滅して大損害になる可能性もあります。そういうこともあり、どの事業者もみかん魚を飼育するかどうか、迷っていましたね。うちも当然リスクは気になりましたが、「せっかくやるなら一番乗りでないと面白くない」ということで真っ先に手を上げました。
今や、「みかんブリ」「みかん鯛」は大ヒット商品です。しかし、ここに至るまでにはさまざまな苦労があったそうです。
最初は、魚が中々みかんを入れた餌を食べなくて苦労しました。温州(うんしゅう)、河内晩柑(かわちばんかん)、甘夏、でこぽんなど、品種も色々試しました。今は伊予柑がメインです。一番風味がつくんですよ。餌に混ぜるみかんの濃度もいろいろ試して、濃度を35%以上にすると全く食べないことも分かりました。
魚の風味を一定に保つのも大変でした。冬は餌を5杯分ほどしか食べないので、みかんの風味が薄いといわれたこともあります。2、3年前からは、冬はみかんの皮のエキスを抽出した「いよかんオイル」を使って、どの季節も風味を均一にすることができるようになりました。
「神経締め」にすることによって、より新鮮なまま提供できる。神経締めとは、はりがねを入れて神経を押し出す処理方法。野締め(氷で締める)よりも、死後硬直を遅らせることができ、身の引き締まった美味しいお魚になる。
鯛の養殖は、稚魚を購入するところから始まる。稚魚をいけすに入れ、2年〜2年半くらい飼育すると1.8〜2kgほどに成長。みかんはビタミンや栄養は豊富だが、それだけだと肉付きが悪くなるので、仕上げの3ヶ月前から与える。
「最高の魚を育てる」という想いを胸に、さらなる魚の開発を
今、普通の鯛の出荷が20万匹、みかん鯛が10万匹ですが、ゆくゆくはこのみかん鯛を15万匹くらいまで増やしたいです。そのためには、みかん鯛の美味しさを知ってもらい、安定的な販売先を増やす必要があります。
みかん鯛に続き、いちご鯛、チョコぶりなど、現状に甘んじず、常に新しい魚の開発をしている中田さん。今後は海外展開をして、より多くの人に美味しい魚を食べてもらいたいという想いがあるそうです。
現在は香港にも出荷していますが、今後はドバイに出荷することも決まっています。みかん鯛のように、ブランド価値の高い商品を増やして、もっと若い人が食べたくなる、美味しくてインパクトのある魚の開発にこれからもチャレンジし続けていきたいです。
宇和島プロジェクトの才木さん、中田水産の中田さん、それぞれ立場は違えど、共通してあったのは「もっと美味しい魚を食べてもらいたい」という想いでした。
才木さんは、「ITの力を使って、養殖魚の品質をさらに高めて価値を底上げしたい」と言います。中田さんは、「最高の魚を育てたいという想いが常にある。消費者の口に合うような、気に入るような魚を作りたい」と語ります。自社の魚が売れればいいということではなく、育ててくれた海や地元への恩返し、養殖業界へ還元する心を感じました。
今後「みかん魚」をきっかけに、宇和海の養殖魚が日本全国、ひいては海外に羽ばたく姿を近いうちに見られることでしょう。